年年歳歳花相似…枯葉ジージの同期会

昭和36年に東北大学法学部に入学し、現在東京近辺に在住する爺さん達が今年もまた皇居お堀端に集まった。
幹事が頑張ってくれてるので、少なくとももう半世紀は続いている誇らしい(?)同期会なのだ。
開催日は毎年3月6日。入学年次にちなんでいる。IMG_3408.JPGIMG_3409.JPG今回はメンバー10人。残念ながら会直前に体調を崩しした仲間が複数いて、これまでより少し減った。仲間の体調を気にしつつも、皆の近況報告には病の話題が少なく、自信にあふれやや自慢気でもあった。意気軒昂である。みな齢既に80才を超えているが、まだまださらに皆が集まる会で続いてほしい。毎年の話はあまり変わり映えはしなくとも、それぞれが会うのが楽しくて仕方がないのだ。
ここ5年ほどは、亭主が東京に帰るのは毎年この日の前後だけになってしまった。農園遊びに追いまくられていすみを出る機会は全くと言ってよいほど作る気にならない。それだけになおさらこの同期会が大切な機会と言える。

そして今年はこれまた久しぶりに親しい友人たちとの食事会を作ることができた。
こちらは亭主がまだ20代後半のころに遡る話となるが、わが家は杉並で下宿屋を始めた。
亭主が仕事の都合で出張が多く、家内と赤子を残して家を空ける日が続き、家内が不安がるので空いていた母屋に近くの女子短大のお嬢さん達を3~4人ずつ下宿屋として預かるようになった。みんな育ちの良い子たちで煩わしいトラブルなどなく、亭主にとってもこんなハーレムのような環境は願ってもないところであった。そんなことが10年ほども続いたであろうか、一緒に生活した卒業生は10数人にもなり、家内はいまでも賀状や電話でお互いの様子を気遣ったりしている。
そんなお嬢さん達との繋がりから、嬉しいことにわが家は二人の高潔な男性と長い付き合いが生まれた。
一人は下宿していたお嬢さんの弟にあたる若松氏、そしてもう一人は下宿していたお嬢さんと結婚された藤田氏である。亭主より一回りも若い今も現役の気鋭の英才たちである。
二人とも家内や娘たちとお嬢さんたちとの女性特有の濃密で長い繋がりに引きずられ、折に触れて会食に引き出されたり、幼い娘たちの遊びの相手をさせられたり、はては彼女たちの結婚式で祝辞を述べさせられたりと使われまくり、いつの間にか亭主とも長い飲み友達になっていた。
亭主がいすみに移りなかなか上京できなくなって会う機会は激減したが、それでも年に1回ぐらいは3人で懇談、痛飲するのが習いのようになっている。今回もこうやって大学の同期会に合わせ会食の時間が作れた。IMG_3417-2.JPG
話が長くなるので今回はここまで。
来年もまた3月6日の会食を楽しみにすることを約して散会。中身の濃い本当に幸せな良い上京の一日であった。

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